2007年09月15日
連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』
第12回最終章・清算される過去…編その2『ウ゛ォイス〜鳥達は南へ〜』
年が明け、2006年。1ヶ月半に及ぶ、マリアの全国ツアーが終わって10日余りが過ぎた。
ツアー終了後、マリアの所属事務所『アーティストハウス』はほとんど理由を明らかにしないまま、彼女の長期休養を発表。マリアは突然芸能界から姿を消した。
世間は大きなショックを受け、その真相を探ろうと様々な憶測が飛び交った。当の本人は、自宅近くの病院でひっそりと怪我の回復を待っていた。
茜もまた、マリアの代役から身を引き、同時に『アーティストハウス』も辞めていた。
『何故突然?!今君に辞められたら、マリアはどうなってしまうんだ?!』
『茜君…これからっていう時にどうして!』
当然、日野や快人からは激しい反対にあった。が、茜は頑として意志を曲げない。ついには二人も根負けして、彼女を手放した。
そして今日、1月7日。茜は大きな決意を胸に、府中市にある西東京刑務所へ来ていた。
「お電話した鹿島田茜です。宿河原暢也と面会に」
「あぁ、話は伺っていますよ。どうぞこちらへ」
薄暗い通路を通り、『面会室』と書かれた小さな部屋に案内された。
「では、こちらに座ってお待ち下さい」
茜の目の前には、厚いプラスチックの仕切りがある。…刑務所での面会、というシュチエーションはテレビでは見たことがあるが、実際に体験するのはもちろん初めてのこと。緊張して、何だか落ち着かなかった。
暢也は中々来ない。…無言の空間に耐えられなくなり、茜の後ろに座っていた看守に
「あの…」
年が明け、2006年。1ヶ月半に及ぶ、マリアの全国ツアーが終わって10日余りが過ぎた。
ツアー終了後、マリアの所属事務所『アーティストハウス』はほとんど理由を明らかにしないまま、彼女の長期休養を発表。マリアは突然芸能界から姿を消した。
世間は大きなショックを受け、その真相を探ろうと様々な憶測が飛び交った。当の本人は、自宅近くの病院でひっそりと怪我の回復を待っていた。
茜もまた、マリアの代役から身を引き、同時に『アーティストハウス』も辞めていた。
『何故突然?!今君に辞められたら、マリアはどうなってしまうんだ?!』
『茜君…これからっていう時にどうして!』
当然、日野や快人からは激しい反対にあった。が、茜は頑として意志を曲げない。ついには二人も根負けして、彼女を手放した。
そして今日、1月7日。茜は大きな決意を胸に、府中市にある西東京刑務所へ来ていた。
「お電話した鹿島田茜です。宿河原暢也と面会に」
「あぁ、話は伺っていますよ。どうぞこちらへ」
薄暗い通路を通り、『面会室』と書かれた小さな部屋に案内された。
「では、こちらに座ってお待ち下さい」
茜の目の前には、厚いプラスチックの仕切りがある。…刑務所での面会、というシュチエーションはテレビでは見たことがあるが、実際に体験するのはもちろん初めてのこと。緊張して、何だか落ち着かなかった。
暢也は中々来ない。…無言の空間に耐えられなくなり、茜の後ろに座っていた看守に
「あの…」
「ん?どうかしましたか?」
「ノブの…宿河原暢也の罪状と…刑期ってどれくらいなんですか…?」
「うーんそうだなぁ…まだ本格的な裁判になってないから何とも言えないけど…殺人未遂だからねぇ。悪いと6年位はいっちゃうんじゃないかな。…彼の場合、他にも…」
と看守が言いかけた時、プラスチック越しの向かいのドアが開き、看守に連れられて暢也が入ってきた。
「!ノブ!」
「茜…」
二人は向かい合って座った。
暢也はやつれ、髪も肩程まで伸びていた。その様子からは、元気だった頃の暢也の面影は全く感じられなかった。
「…どうしてこんなことになっちゃったの?ノブ…」
「…………」
「…2年前家を出た後、どこにいたの?」
「…………」
「何で答えてくれないの?!どうしたの?」
「彼は…覚醒剤をやっていた。その後遺症で、意識がボーッとしているのかもしれないな」
「!覚醒剤?!…なんでそんな…」
「……茜…」
ようやく暢也が喋り出す。
「…バカなことだと…バカな男だと…思うだろう?…自分でもそう思うさ…」
「…何があったか…話して」
「…デビューした時、俺は…Ganzは最高だった。出す曲全てが売れ、ライブをやれば大入り満員。…ファンだった蓮田曜子とも知り合うことが出来た…順風満帆とは、このことなんだと…体感していたよ」
「………」
「でも…それまでだったんだ。家を出て、曜子の所で暮らし始めてしばらくしたある時、突然…何かこう…魂が抜けていく感じがしたんだ…」
「?どういうこと?」
「いや、表現は難しいんだが…本当に何かが抜けていく感覚があったんだ。それ以降…曲作りに昔程情熱が入らなくなっていったんだ…いつも通りにやっているのに、上手くいかない。何かしっくり来ないんだ。
…ファンて奴はよく見ている。情熱が入らなくなった曲は売れない。ライブの客足も遠退き始めた。ついには…」
「…蓮田曜子までも愛想を尽かした…?」
「…そうさ…そこからは正にどん底さ。Ganzは解散。ソロでやろうとしても、事務所やスポンサーも着かない。…かといって茜…君の所へ戻ることも出来なかった…」
「………」
「段々と自暴自棄になり、精神的にも参っていた…そんな時、Ganz時代の悪友に会って…」
「…クスリに手を出した…?」
「…あぁ…」
「…でも…でも何でマリアさんを殺そうとしたの?クスリの影響?」
「…マリア…か。彼女は、俺が東京に出たての頃、一緒に下積みをやってたんだ…結果、俺の方が先に売れて…彼女は売れる気配がなかったのに…今や日本を代表するアーティスト。俺は堕ちたジャンキー。…それを考えると、何か無性に虚しくなってきてね…そういう時は大抵、ろくでもない発想が生まれるんだ。俺の場合、クスリもやっていたし…」
「………」
「このまま枯れていくなら、最後に世の中を驚かしてやろうと考えたのさ。聞けば、マリアは全国ツアーをやっているという。その最後はクリスマス…ファンは皆楽しみにしているだろう…それを奪ったら、どんな騒ぎになるだろう…と考えたのさ。…だから…最終ライブの前のステージで、行動を起こした。…けど…それも失敗だ。マリアは死んでいないし、ライブも無事に行われた。君らの作戦にまんまと引っ掛かり、最終ライブにのこのこと顔を出した俺はお縄になる…どこまで格好悪いんだろうな」
と暢也は声高らかに笑った。が、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。
茜は―暢也が曜子と家を出た時は、怒り憎んでいたが、今哀れみすら覚えた。そして、暢也の気持ちも若干分かるような気がした。
彼女自身もマリアに成り変わることで思い上がり、大切な人であったマリア本人をないがしろにしてしまっていたから…
今ある暢也の姿が、『魔物』の行き着く果てのような気がしてならない。8年前音楽に出会い、高校時代の全てを音楽に捧げた暢也が、クスリに溺れて殺人未遂事件を起こすなんて…茜の意志は益々強くなった。
「ねぇノブ、宮崎に帰ろうよ!ノブも私も、東京での生活に…ましてや芸能界なんかに耐えられる人じゃなかったんだよ。昔のノブは…もっと優しかったし…格好良かった…一度は活躍できたんだからいいじゃない…これ以上ノブが変わっていくのを見ていたくなんかない!」
「…茜…俺は殺人未遂、それに覚醒剤所持で起訴されている身なんだ。10年は出てこれなくなる。…それに…宮崎に帰っても、こんな俺を誰が待っているっていうんだ?…とても帰れたもんじゃない」
「…私が待ってるよ。東京へ来たばかりの時、『いつか故郷の船に乗って、イルカを見に行くんだ』って言ったじゃない!」
「…茜…」
面会時間はここで終了となり、二人は離れ離れになった。
これが今生の別れになってしまうのだろうか…それとも…
-続く-
次回は最終回『one day〜さよなら大好きな人〜』をお送りします。
「ノブの…宿河原暢也の罪状と…刑期ってどれくらいなんですか…?」
「うーんそうだなぁ…まだ本格的な裁判になってないから何とも言えないけど…殺人未遂だからねぇ。悪いと6年位はいっちゃうんじゃないかな。…彼の場合、他にも…」
と看守が言いかけた時、プラスチック越しの向かいのドアが開き、看守に連れられて暢也が入ってきた。
「!ノブ!」
「茜…」
二人は向かい合って座った。
暢也はやつれ、髪も肩程まで伸びていた。その様子からは、元気だった頃の暢也の面影は全く感じられなかった。
「…どうしてこんなことになっちゃったの?ノブ…」
「…………」
「…2年前家を出た後、どこにいたの?」
「…………」
「何で答えてくれないの?!どうしたの?」
「彼は…覚醒剤をやっていた。その後遺症で、意識がボーッとしているのかもしれないな」
「!覚醒剤?!…なんでそんな…」
「……茜…」
ようやく暢也が喋り出す。
「…バカなことだと…バカな男だと…思うだろう?…自分でもそう思うさ…」
「…何があったか…話して」
「…デビューした時、俺は…Ganzは最高だった。出す曲全てが売れ、ライブをやれば大入り満員。…ファンだった蓮田曜子とも知り合うことが出来た…順風満帆とは、このことなんだと…体感していたよ」
「………」
「でも…それまでだったんだ。家を出て、曜子の所で暮らし始めてしばらくしたある時、突然…何かこう…魂が抜けていく感じがしたんだ…」
「?どういうこと?」
「いや、表現は難しいんだが…本当に何かが抜けていく感覚があったんだ。それ以降…曲作りに昔程情熱が入らなくなっていったんだ…いつも通りにやっているのに、上手くいかない。何かしっくり来ないんだ。
…ファンて奴はよく見ている。情熱が入らなくなった曲は売れない。ライブの客足も遠退き始めた。ついには…」
「…蓮田曜子までも愛想を尽かした…?」
「…そうさ…そこからは正にどん底さ。Ganzは解散。ソロでやろうとしても、事務所やスポンサーも着かない。…かといって茜…君の所へ戻ることも出来なかった…」
「………」
「段々と自暴自棄になり、精神的にも参っていた…そんな時、Ganz時代の悪友に会って…」
「…クスリに手を出した…?」
「…あぁ…」
「…でも…でも何でマリアさんを殺そうとしたの?クスリの影響?」
「…マリア…か。彼女は、俺が東京に出たての頃、一緒に下積みをやってたんだ…結果、俺の方が先に売れて…彼女は売れる気配がなかったのに…今や日本を代表するアーティスト。俺は堕ちたジャンキー。…それを考えると、何か無性に虚しくなってきてね…そういう時は大抵、ろくでもない発想が生まれるんだ。俺の場合、クスリもやっていたし…」
「………」
「このまま枯れていくなら、最後に世の中を驚かしてやろうと考えたのさ。聞けば、マリアは全国ツアーをやっているという。その最後はクリスマス…ファンは皆楽しみにしているだろう…それを奪ったら、どんな騒ぎになるだろう…と考えたのさ。…だから…最終ライブの前のステージで、行動を起こした。…けど…それも失敗だ。マリアは死んでいないし、ライブも無事に行われた。君らの作戦にまんまと引っ掛かり、最終ライブにのこのこと顔を出した俺はお縄になる…どこまで格好悪いんだろうな」
と暢也は声高らかに笑った。が、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。
茜は―暢也が曜子と家を出た時は、怒り憎んでいたが、今哀れみすら覚えた。そして、暢也の気持ちも若干分かるような気がした。
彼女自身もマリアに成り変わることで思い上がり、大切な人であったマリア本人をないがしろにしてしまっていたから…
今ある暢也の姿が、『魔物』の行き着く果てのような気がしてならない。8年前音楽に出会い、高校時代の全てを音楽に捧げた暢也が、クスリに溺れて殺人未遂事件を起こすなんて…茜の意志は益々強くなった。
「ねぇノブ、宮崎に帰ろうよ!ノブも私も、東京での生活に…ましてや芸能界なんかに耐えられる人じゃなかったんだよ。昔のノブは…もっと優しかったし…格好良かった…一度は活躍できたんだからいいじゃない…これ以上ノブが変わっていくのを見ていたくなんかない!」
「…茜…俺は殺人未遂、それに覚醒剤所持で起訴されている身なんだ。10年は出てこれなくなる。…それに…宮崎に帰っても、こんな俺を誰が待っているっていうんだ?…とても帰れたもんじゃない」
「…私が待ってるよ。東京へ来たばかりの時、『いつか故郷の船に乗って、イルカを見に行くんだ』って言ったじゃない!」
「…茜…」
面会時間はここで終了となり、二人は離れ離れになった。
これが今生の別れになってしまうのだろうか…それとも…
-続く-
次回は最終回『one day〜さよなら大好きな人〜』をお送りします。
Posted by 横浜から来た山羊 at 15:02│Comments(0)