2007年08月26日

連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』

第9回マリア熱狂編その3『侵食〜君は僕に似ている〜』

「さよなら 大好きな人…さよなら 大好きな人…」
11月24日、愛知県はナゴヤドーム。この日もマリアのライブは大盛況で、4万人を超える観衆は、最後の曲『いつかまた』に酔いしれた。
ライブが始まって1ヶ月強。東京・東北そしてここ名古屋と、これまでのライブは大盛況。その勢いは未だ衰えを見せない。
マリアは以前、茜に『世の中には魔物がいる。その魔物は驕りという名で、一生懸命努力して栄光を掴んだ途端、人を傲慢にしてしまう。それはやがて、他人の成功を妬み、陥れようとしてしまう魔物がいる』と…
これまでデビューから急速にヒットを続け、スターダムを駆け上がってきたマリア。彼女には驕りなど微塵もなく、反対に売れれば売れる程自分を戒め、『より多くの人に良い曲を、より多くの人に楽しいライブを』提供するためには、を考えながら日々過ごしていた。またそんなひたむきさが人の心を捕らえて離さず、歌えば歌う程マリアのファンは増えていった。そんな時にこそ、落とし穴は予期せぬ所で待っている…
明けて翌日。この日も朝から、明日行われるナゴヤドーム最後のライブのリハーサルが行われていた。名古屋最後のライブとあって、今度のステージは曲はもちろんのこと、演出もかなり凝ったものを予定していた。
マリアの登場シーンも、ライブの開始と共にステージを爆発、煙の中からマリアが飛び下りてくる…という設定。もちろん、マリアの体にはワイヤーがつけられており安全…なはずだったのだが…
「よーしマリア、登場シーンから通しで、最終のリハーサルやるぞ!準備いいか?」
「バッチリ!いつでもいけるわ」
夕方5時。この日の朝から行われていたリハーサルも、大詰めを迎えていた。マリアは体にワイヤーを付け、ステージの上で待機。スタッフの合図を待った…
「…じゃあ行くぞ!1…2…3…スタート!」
合図と共にステージが爆発。煙が立ちこめた。
「よし、マリア、いいぞ!行け!」
「OK!」

マリアは思いきってステージへ向かって飛び下りた。
ワイヤーが彼女の体をしっかりと支え、順調にステージへと向かっている。…だが、ステージまであと3〜4メートルかという時、

ブチッ

と鈍い音と共に、ワイヤーが突如として切れてしまった。
「きゃあっ!」
マリアの体はもろに固いステージ上に叩きつけられ、右足を強打してしまった。
「!マリア!」
「マリアさん!大丈夫ですか!?」
リハーサルの様子を見に来ていた日野、裏で待機していた茜…とにかく、会場中の人がマリアの元へ駆け寄った。
「…痛…足が…とても痛い…」
頭は打っていなかったので意識はある…が…右足は見るからに痛々しい。特に付け根の部分が不自然に腫れ上がっている。
「これは…とにかく、病院に連れて行こう!誰か救急車を!」
5分後にやって来た救急車には、日野・茜・快人が乗り込み、一路病院へと向かった…

「…骨折だって?全治1ヶ月…?」
病院に着くなり、すぐに検査を受けたマリア。病室に移り、診断結果を聞いた一堂…特に本人よりも日野の方がショックを受けていた。
そんな日野の心境を読み取って、
「…社長…すみません…こんな大切な時期に…」
マリアはベッドに横たわり、痛みを堪えて声を振り絞った。
「…いや、君は悪くなんかないさ。これは事故なんだから…今は怪我を治すことに専念してくれ…(しかし、何故いきなりワイヤーが…何度もテストを重ねて、万全だったのだが…)」
日野は苦悩した。マリアの怪我はもちろんだが、明日の…いや、これから先の社運を賭けた全国ツアーはどうなるのだろうか…と。最終日まで、丁度残り1ヶ月。
「…でも…明日からのライブは…どうなるんですか…?」
マリアの問いかけに、誰も答えられずにいた。
(…本当にどうすべきか…潔く中止にするのがいいか……いや…それでは、ライブを待ち望んでいたファンに迷惑がかかる…かといって、マリアは動けないし…)
「…僕に1つ、アイディアがあります」
誰もが頭を抱える中、快人が手を挙げた。
「ん?何だ、どんなアイディアだ久地君?」
「…その前に…」
と、はやる日野を軽くいなした。
「…社長は、どんなことをしてもライブを続ける決意がありますか?」
「…どんなことをしても…?君は一体何をやろうとしている?」
「それは…」
今度は答えを渋ろうとした快人を制し、
「先に言うんだ!そこからの判断は私が……いや…私とマリアがする。…いいね、マリア?」
日野はマリアを見た。マリアも日野に同意して頷いた。
「…ではお話しましょう。私のアイディアは…影武者計画…つまり、茜をマリアとしてステージに上げ、ライブを続行させるんです」
「!えぇ?わ…私が…ですか?」
3人の視線が茜に集まった。
確かに茜なら、見た目はマリアと見間違えられる程だし、歌もコーラスを毎回担当しているので当然暗記している。しかし…
「…だけど…これは、ばれた時のリスクは高い…1つ間違えれば詐欺のようなもの…観客はマリアの歌を聞きに来ているのに別人だったと知ったら…『何故ライブを中止にしなかったのか?利益主義だ』と、バッシングを喰らう可能性があります。まぁ、ばれてしまったとしたら、ですけどね」
ばれなければ、今まで通り上手く行く…だから、やるしかない、と言いたげなニュアンスを残して言葉を止めた。
「…マリアさん…」
茜は不安そうな目でマリアを見た。
「………茜ちゃん、出来そう?」
「!マリア…君は…」
「落ち着いて下さい、社長。私はまず、彼女に意志確認をしてるんです。こういう場合は、本人の意志が大切でしょう?」
マリアはもう一度茜を見た。
「…私…私は…」
茜は茜で、マリアに憧れ、メイクやヘアスタイルを彼女に似せた。いつかマリアのようになりたいと…今、正にそのチャンスが目の前まで来ている。
だが…いざとなると、マリアのように観客を魅了出来るだろうか…自分に代わった瞬間、人気が落ちたらどうしよう…と、不安でいっぱいになった。そこへマリアが、
「…私の意見は、茜ちゃんに代わってでもライブを続けてもらいたいわ。だって…ここで中止にしたら、ライブを待ち望んでいたファンを裏切ることになるでしょう?…私は、どんな方法でもいいから、ライブを楽しみにしている人達に、歌を届けたい」
「…私も、ライブを止めたくないというのが本音だ」
「…お二人とも、僕の意見に賛成ということですね。…あとは…」
全ては茜の決断1つに委ねられた。一堂の視線が、再び茜に集中する。
茜の不安は益々強まってしまった。そんな茜を諭すように、
「茜ちゃん…何も不安に思うことはないわ。あなたなら出来る。私はいつも、近くで見ているんだから…」
「…でも…もしばれてしまったら、マリアさんに迷惑が…」
マリアは体を起こし、茜の体をそっと抱き寄せた。
「…言ったでしょう?私はファンに、歌を届けたいって。それが信念なの。それに従っているだけ…そもそもは、私がこんな怪我なんかしなければよかったんだから…何か起こってしまっても、責めたりなんかしないわ。茜ちゃんは心配なんかしなくていいんだよ…」
「マリアさん…」
かくして、明日のステージには茜が立つこととなった。
全ては、快人の描いたシナリオ通りに進んでいた…

-続く-
次回マリア熱狂編その4『エゴイスト〜あんなに一緒だったのに〜』は9月2日配信予定です!


Posted by 横浜から来た山羊 at 22:44│Comments(0)
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