2007年08月25日

第7回連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』

第7回『マリア熱狂編その1・ゆらめき〜出逢ってしまった二人〜』

『鏡に写ったあなたと二人 なさけないようで 逞しくもある…』
「マリア!マリア!マリア!」
「マリアさんかっこいー!」
2005年8月6日。マリアが大ブレイクしてから1年が経とうとしていたこの日、マリアは千葉マリンスタジアムでライブを行い、5万人を動員。その勢いはまだまだとどまるところを知らなかった。
彼女の所属する事務所の社長であり、スカウトした本人でもある日野曰く、
「マリアは天性のカリスマ性を持っている。彼女の歌声は人を惹き付けて離さず、彼女の歌は聞けば聞くほど良い歌に思えるのだ…人が羨み妬むほどの美人でもないところが、男女問わずの心を掴んで離さないのだろう」、だそうだ。事実、曲をリリースすればするほどファンは増え、ライブの回数を重ねる毎に彼女に心酔していく。正に今、日本はマリアの熱気圏に包まれていた。
「あぁ…マリアさん、今日も素敵だわ…マリアさんのライブでコーラスができるなんて…最高に幸せ…」
マリアと同じ事務所に所属する茜も、立派なマリア信者の1人になっていた。
行方知れずになった暢也を探すため芸能界に身を投じた茜だが、最近では暢也の情報を集めることも、現在の本業である『矢川かすみ』としての芸能活動もおざなりになりつつあり、ただただマリアのバックコーラスとしての活動に尽力していた。
それだけではなく、髪形もメイクの仕方もマリアに似せるようになっていた。
この事態を苦々しく見つめる者が1人。茜をスカウトした、久地快人である。彼は茜を、今テレビやグラビア等マリアとは違った分野で大活躍している蓮田曜子以上の素質を持つ逸材と言って日野に売り込んだ。が…『矢川かすみ』としての人気は伸び悩み、本人はマリアのコーラスにお熱な様子。快人は頭を抱えたくなるような状況であったが、
「まぁいいじゃないか。彼女はライブでコーラスとして、しっかりやってくれている。芸能活動の方もじっくり取り組んでいけば、今に芽が出るさ」
と、ある意味一番のマリア信者であり事務所の社長である日野は、楽観的だった。
(くぅ…社長がそう思っていても、僕が茜君をスカウトしたのはあくまで、曜子を見返すくらいのアイドルに成長させるためだ…今のままではとても…)
快人の苦悩の日々は続いた。

それから数日後、8月15日夜10:00。茜はプライベートで横浜に来ていた。もちろんこの日も、マリアに似せたメイクとヘアスタイル。元々マリアと身長やが似ていたこともあり、近頃では本物と間違えられることも多くなっていた。そのマリアに似せた容姿が、新たな出会いを呼び込んで…
横浜駅東海道線のホームで電車を待っていた茜。土曜日の夜ということもあり、人はさほど多くなかった。…ふと気が付くと…少し離れた所から、サングラスをかけた女性がじっとこちらを見ている。
(…なんだろう、あの人…私をマリアさんと勘違いして、こっちを見ているのかな)
やがて女性は茜の方へ近づいてきて、ついには手を繋げるような距離までやって来た。
そして顔を近づけ、周りの人々に見られないよう軽くサングラスをずらした。
「…マリアさん…ですよね?」
「え…?わ…私は…………!あ、あなたは……」
サングラスを外した女性の顔を見て、茜は衝撃を受けた。
「は…蓮田曜子…!さん…?」
「わぁ、嬉しい!私のこと、知っててくれたんですね。私も、マリアさんの大ファンなんですよぉ」
「…そ…そう。ありがとう」
曜子の顔を見た瞬間、失いかけていた暢也への想いと、曜子への怒り…そして、マリアに間違えられているこの現状…色々な感情が去来して、感情のコントロールに苦しんだ。
「マリアさんとこんなところで会えるなんて、感激です!…あの、今時間ありますか?私、この辺でいいお店知ってるんです。…行きませんか?」
「え?…えと…(どうしよう…暢也のことを聞きたい…でも、マリアさんになりきって会話をし続ける自信はないし…)」
茜の心は揺れた。マリアとして曜子に付き合い、暢也のことを聞き出すべきか…人違いということを明かし、鹿島田茜として暢也のことを聞き出すべきか…それとも…
「…ごめんなさい、今日はこれから予定があるの…」
「…そうなんですかぁ。残念!じゃあまた今度、付き合って下さいね」
曜子は足早に茜の元から離れていった。その後ろ姿を見て、心が囁く。
(もう二度と、会えないかもよ)
「あ…曜子さん、ちょっと待って!」
反射的に声が出た。
「…え?どうしたんですか?」
「え…あ…あの、曜子さん前に、Ganzのボーカルの人と付き合ってたじゃない…彼とはどうなったの?」
茜の言葉を聞くと、曜子はにっこり微笑んで引き返して来た。
「ふふっ、マリアさん、彼に興味があるんですか?」
「べ…別にそういうわけじゃないけど…ほら、前にFRIDAYで大きく取り上げられてたじゃない」
「あー、確かにそうですね。でも…私達、結構前に別れてるんですよ。…それもFRIDAYに載りました、小さくですけど」
「へぇ、そうなんだ…」
と言いつつも、茜もそこまでは知っていた
「…何で別れたの?」
曜子はまたニヤリとして、
「…やっぱり興味あるんじゃないですか。マリアさん、かわいいなぁ」
「そんな…」
「ふふ。彼と別れた原因かぁ…一言で言うと、まぁ…冷めたっていうことですかね」
茜は何も言わず、次の言葉を待った。
「彼、売れてた時は凄く調子がよくて『俺について来い』くらいの勢いだったんですけど…下火になってきた途端、悔しがるだけで何も手を打たないというか…『いつかはまた浮上してやる』って言うだけで、行動が伴ってなかったんですよね。そのギャップについていけなくて、サヨナラっていう」
(…そうだよね、ノブは昔からお調子者な所があったよね…だから…上手くいかない時は、私がたしなめてあげたよね…下火になったあの時、私が側にいたらもっと今は変わっていたかもしれないのにね…バカだね…可哀想だね…暢也…)
溢れそうな感情を押し殺し、
「そう…参考になったわ。ありがとう…それじゃ…」
声を精一杯絞り出して曜子に別れを告げた。
あぁ、今暢也はどこで何をしているんだろう。曜子の話からすると、未だにスランプから抜け出せないで苦しんでいるんではないか。
会ったらまず、思いっきりビンタをしてやりたい気持ちもあったが、そっとたしなめてあげたい心もあった。
「…会いたい…まずは会って話がしたい…」
暢也への想いがぶり返してきた頃、本物のマリアにも新たな展開が訪れようとしていた。
茜とマリア、二人の宿命の前にマリアの言う『魔物』が影を落とし始める…

-続く-


Posted by 横浜から来た山羊 at 17:25│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
第7回連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』
    コメント(0)