第3回載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』
『マリア降臨編 その1・未来予想図
「…で、もぅ帰ってくるな!…って言ったの?」
週刊誌FRIDAYによって発覚した、暢也と蓮田曜子2度目の浮気。その記事を見て激昂した茜は、すぐさま暢也に電話して『もう2度と顔も見たくない。帰ってくるな』と言い切り、暢也に反論させないまま、電話を切った。
そんなことがあった日の深夜…バイトを終えた茜は、バイト先の先輩である国府津瞳と、仕事場近くの居酒屋『ぎょみん』で飲んでいた…
「ええ…つい頭に来て、言ってしまったんですが…」
店のほのかに明るい照明が、茜の顔を照らす。その表情からは、落胆の色がうかがえた。
「…ノブ君のことにショックを受けているの?それとも…言い過ぎたことに後悔しているの?」
そんな茜を気遣って、瞳は優しく尋ねた。
「…どっちもです。ノブは…昔はあんな人じゃなかったのに。音楽に一生懸命で…真っ直ぐで…私を大切にしてくれたんです。…それなのに…売れ出した途端、こんなことになるなんて…」
茜は、手にしたグラスのカクテルを一息に飲み干した。
「…それが許せなかったんです。だから…」
「感情的に、一方的に言ってしまったのね」
「はい…電話を切って落ち着いて考えたら、『ノブは本当にどう考えているんだろう?蓮田さんとのことは遊びなのか?それとも私が…』って考えるようになって。そうしたらやっぱり、もう一度、面と向かって話し合いたくなるじゃないですか」
「…でも、再度電話はしづらい、ってことね」
茜は静かにうなずいた。
「そうだよね…まぁ、今日は割り切って飲もうよ!今日は帰って来ないにせよ、ノブ君もいつか絶対帰ってくるって!その時話せばいいじゃない」
「…そう…ですよね。じゃ、飲みますか!」
結局その日は一晩中飲み明かし、二人が店を出たのは翌朝の5時過ぎだった。
「茜ちゃん、じゃあまた明日ね」
瞳は京浜東北線の大宮方面の電車で帰っていった。
それを見届けた後、自分自身も中央線に乗り込み、電車に揺られること30分弱。吉祥寺の町に到着した。
「…ただいま…」
駅から歩いて5分、アパートに帰っても、誰もいない。
『当然かな…』と思いつつ、茜はそのまま部屋のベッドに倒れ込んだ。やがて…意識は遠くなって…
「…茜…茜…」
誰かが呼ぶ声がする。茜は重いまぶたを開けた。
「…ん…!ノブ…」
目の前には暢也がいた。経緯は色々あったが、とにかく暢也が帰って来たことに安心した。
そのため、『お帰り』と優しく声をかけようとした時、茜は我に還った。
彼は浮気をしている身であり、彼女はそれを知り、電話で責め立てたはず。茜は厳しい表情で暢也を見た。
「…今までどこ行ってたのよ。…それに…あの雑誌のことは何なの!?」
「な…何だよ…帰って来た早々、そんなにまくし立てるなよ」
「茶化さないでよ!今日こそきちんと説明してもらうからね。…蓮田さんのこと、私のこと…どっちが大事と思っているの?」
茜の真剣な眼差しを見て、暢也も観念したように
「分かった、話すよ、全部。…曜子のことは……で、大切に思っているのはもちろん……さ」
茜がいくら耳を傾けても、暢也の声は聞こえない。
「ノブ?何を言っているの?聞こえないよ…」
やがては、暢也の姿そのものも消え、再び茜の意識も遠のいていく…
「…ん…あれ…?」
茜はまた、ベッドの上で目を覚ました。眠りについたのも5時過ぎだったというのに、時計は30分程しか進んでいない。
しかし。部屋の窓からはオレンジ色の光が射し込んでおり、もうすぐ夜が来ることを告げていた。
「…ノブが帰って来たのは…夢?…それに私…10時間以上寝ちゃったのか…」
部屋の中を見渡してみても、暢也の姿はない。携帯電話に掛けてみても、つながらない。結局、暢也は2週間経っても戻らず、連絡すら取れなくなっていた。
「あいつ…どこ行っちゃったんだろう…」
待つ時間というものは想像以上に長く、ストレスになりやすいもの。最初は暢也に対して怒りを感じていた茜だが、音信不通の日々が続くことで、怒りよりも不安を募らせることの方が多くなっていた。
そのため、仕事も集中力を欠きミスを連発。心身共に疲れきっていた。
そんな様子を見かねた仕事場の先輩・瞳は、ある提案をする。
「食事会…ですか?横浜で…?」
「そう。関内のホテルの屋上のビアガーデンでやるの。そこのホテルに、私の知り合いが勤めているんだけど、今度そのビアガーデンがリニューアルオープンするんだって。そのレセプションに呼ばれているの。だから…一緒に行こうよ」
…茜はさほど乗り気ではなかった。暢也が帰って来ないことが気掛かりで、頭から離れないのだ。
とはいえとはいえ。日頃お世話になっている、瞳からの誘いを無下に断るわけにもいかない。結局、
「…そうなんですか。…分かりました。行きます」
と答えた。
「オッケイ、じゃあ7月7日17:00に関内駅集合しましょう」
奇しくも7月7日は七夕、七夕はその昔、仲を割かれた織姫と彦星が1年に1度だけ会うことを許された日。
茜は織姫と彦星のように、暢也と再会するきっかけを見い出すことができるのだろうか…
そして…当日。茜はこの日、自分の運命を大きく変える人物と出会う…
-続く-
次回『マリア降臨編その2 あなたに逢いたくて〜マジで恋する5秒前〜』は7月23日配信予定です!ブログも見て下さい。
http://tsurumil.hama1.jp/
よろしくですm(__)m